名鉄 ありがとうパノラマカー 最後の日・その2

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みなさまこんばんは、のんべえです。「ありがとうパノラマカー 最後の日・その2」をお送りします。「その1」がまだの方は、リンクから見に行ってくださいね。

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どこで撮影しようか悩んだのですが、このダイヤでは絶対かぶられない、新安城の駅で撮影することにしました。撮影場所に着いて程なく、パノラマカーがやってきました。

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乗ってきた普通電車の後に入ったので、とてもゆっくりやってきました。

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なにせ、通過中に広角側にして、ピント合わせて撮影できました(^_^)。

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後追いを。通過直後、パノラマカーに手を振っていたため、後追いのことをすっかり忘れてしまい、こんな写真になりました(^_^;)。

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撮影後は後続の急行で本宿に向かいます。同じ考えの人がたくさんいたので、急行は満員でした(^_^;)。そして、本宿駅に着いてみれば、人・人・人の大混雑。

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なんとか前まで行ったものの、あまりの人の多さにこれ以上近づけませんでした(^_^;)。

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後ろでもこんな感じでした。

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これ以上いても撮影できないと判断し、下りのホームへ。パノラマカーがいる間は、こんな状態でした・・・。

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実は下りホームに上がってみれば、かなり良いポジションが空いていたので、ちゃっかりキープ(^_^;)。そうこうしている内に、伊奈で折り返したパノラマカーがやってきました。

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出発時間になり、東岡崎幹事駅長さんが登場。

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そして、最後のとき。駅長さんの右手が高々と上がり、パノラマカーはミュージックホーンを鳴らしながら、舞木に向かいます。そのとき周囲からは大きな「ありがとう」コールと、割れんばかりの拍手に包まれました。

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事故もなく、われわれの前から姿を消したパノラマカー。それを、万感の思いで見送る駅長さん。

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ホームがあまりの混雑で、しばらく階段を下りることが出来なかったのですが、降りていってみればこんな飾りがありました。

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たまたま知人が乗車していたので、車内で配られた乗車記念証を見せてもらいました。まずは表面です。昭和37年、ブルーリボン賞を取ったときの正面写真です。このときの飾りが、逆富士方向板の原型になっています。

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裏面です。最後に残った7011編成を、豊明検車区で撮影した写真になっていました。

48年間、名古屋鉄道の顔として活躍した7000系パノラマカーですが、ついにそのすべての幕を下ろしました。

私とパノラマカーの付き合いは、高校時代から30年以上になりますが、沿線に住んで利用していた者として、日常の風景のひとつでした。

最後の日も、普段は鉄道に関心のない家族連れなどが、パノラマカーを見るために今か今かと待っている光景も、何度か見ました。

なくなってしまった今でも名鉄に乗っていると、向こうから4つのヘッドライトを輝かせてやってくるのではないか、どこかほかの路線を走っているのではないか、と思ってしまいます。

これからも、このような素敵な電車は出てこないかもしれませんが、パノラマカーとすごした思い出は、一生忘れないことでしょう。

ありがとうパノラマカー。

いつも楽しませてくれて、ありがとう。

そして、さようなら・・・

でも、忘れることはありません。

永遠に・・・・

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