JR発足20周年 あの日の名古屋駅 その5

JR20周年記念企画、第5回目はJRの発足の日、昭和62年4月1日「JR東海の特急・急行列車」編です。

途中から読んでこられた方、第1回から読んでいただけると大変うれしいです(^_^)。青いところをクリックしてくださいね。

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高山線の特急「ひだ号」です。高山発1番の特急列車で、ヘッドマークを付けて名古屋までやってきました。

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つづいて、ひだ号と同じキハ82系の特急「南記号」です。このときのJRマークは全国標準の白色でした。後にJR東海のJRマークは、オレンジ色に変更されましたね。

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高山線の急行「のりくら号」です。ひだ号同様ヘッドマークをつけてやってきました。

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同じ日の尾張一宮駅を発車する「のりくら号」です。キハ65やキロ28が懐かしいです。

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JR初日の新幹線も撮影しました。と言っても去り行くところですが(^_^;)。ちなみにこれは、100形試作車のX1編成です。小窓が、ずらっと並んでいるのが見えるかな(^_^;)。

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中央線の特急「しなの号」です。381系にもJRマークが付きました。

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北陸線の特急「しらさぎ号」ボンネット車です。JR初日なので両方のマークがありますが、JNRマークは数年かけて取り外されてゆきました。

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同じく「しらさぎ号」です。こちらは通称「電気釜」と呼ばれる、300番台車が先頭でした。

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ここからはまた尾張一宮です。EF65の112号機が牽引する、14系座席車編成です。EF65-112号機は、後年JR東海のジョイフルトレイン「ユーロライナー」登場後に同一塗色に塗られ、専用機になった機関車です。
後ろの14系には、四国や樽見鉄道に行った車が居るのかも。

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最後に、尾張一宮駅の跨線橋に掲げられた案内です。ここでもJR線になっていました(って当たり前(^_^;))。同じホームなのに、行き先方面別に案内しています。ここを抜けて真直ぐ行くと名鉄新一宮駅の名古屋本線ホームに降りる事が出来ます。

5回にわたって国鉄からJRに変わった日を紹介してきました。こうしてみるとこの20年で車両や輸送効率などが大きく変わりました。この先JRが30年・40年と時を重ねてゆくと、どのように変化してゆくのか、また見て行きたいと思います。

それではまた。

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この記事へのコメント

2007年04月03日 13:10
国鉄分割民営化から20年…オッサンになるわけですね。貫通型381系やキハ82が懐かしいです。ボンネットしらさぎも数年前まで見られたのに、過去帳入りですね…。
2007年04月03日 13:56
としおちゃんさん、こんにちは。
そう、もう20年経ってしまいました。歳取ると時の移り変わりが速かったです(^_^;)。
全国どこでも、鉄道車両は変わりましたねぇ。また20年後は変わっているのかなぁ。20年経たずに廃車になる車両も、出てきましたからねぇ(@_@。

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